研究者コラム

語源から紐解く「ホスピタリティ」の解釈とマネジメントの課題

大阪学院大学 経営学部
ホスピタリティ経営学科
准教授 稲田 賢次

「ホスピタリティ」が重要となる時代

 わが国の経済社会はサービス化の進展によりサービス産業のGDPおよび就業者数の割合がともに7割を超え、その構造を大きく変化させ、重要性が高まっている。こうした背景より成熟した豊かな経済社会を構築するべくサービス部門の質的向上が一層の課題となり、そこで重要なキーワードの1つとして取り挙げられているのが「ホスピタリティ」である。
 米国ではもともと宿泊、飲食、旅行などの産業を中心に「ホスピタリティ産業」というカテゴリーが存在し、経済に与える影響の大きさと将来の成長の一端を担うものとして捉えられている。観光立国を目指すわが国においても、その主軸となるホスピタリティはきわめて重要と考えられている。
 ホスピタリティとは、一般的に「もてなし」や「歓待」の意味で訳される。ホスピタリティ産業を中心に浸透してきた概念であるが、近年ではあらゆる業界や対象に求められるものとして広がりつつある。
 ホスピタリティを重要な価値として捉えることについて、マーケティング的に言えば既存のサービスよりも付加価値が高まるものと想定されているようである。既存のサービスでは差別化できず、このままだと競争に勝てないのでは…と考える。だから、付加価値の高いホスピタリティで差別化し、他社よりも競争優位性を獲得しようということになるのだろう。
 企業におけるホスピタリティの導入について理想的に言えば、顧客に対して付加価値が高まり、結果としてそれがブランドとして成立すれば、リピーターや継続的購買につながり、高価格設定も可能になる。ホスピタリティ産業における成功ケースの中にはホスピタリティをブランド力にして競争優位性を発揮している企業も確かにある。
 そのような思惑がホスピタリティを導入したい企業にあると考えられ、企業はホスピタリティを戦略として活用していく時代となっている。

「ホスピタリティ」の本質的意味

 ホスピタリティの意味は、「寛大さと善意をもって招待客や訪問客を歓迎し、楽しませる行為や慣習(オックスフォード英英辞典訳)」である。簡単に言うと、ホスピタリティとは「客に対して親切にもてなすこと」であり、現代の人間関係において示される普遍的な価値となっている。ビジネスにおけるホスピタリティは普遍的というより自社にとって特別に援用した形で位置づけ展開されるため、ホスピタリティの捉え方も企業によって異なり、ビジネスの数と同じく様々である。
 ホスピタリティの言葉の語源をさかのぼると、「客」や「主人」の意味から派生し、巡礼を主とした旅人・異邦人に対してもてなすことを意味する。交通機関や宿泊施設の整備されていない時代に、危険と隣合わせで巡礼する旅人・異邦人に対する保護・歓待をホスピタリティと呼んだ(徳永[2011])。語源について追記すれば、旅人の宿泊施設が現在の「ホテル」に、病人を看護する施設が現在の「病院」になったと言われている。
 旅人や異邦人をもてなす背景は、現代の社会やビジネスと異なり、中世ヨーロッパの時代とキリスト教の影響が考えられる。古来より教会や寺院は、苦しみから救いを求める人たちにとって真心をもって受け入れられる場所であり、十字軍の兵士に対して看護し、寄留の異邦人・旅人に対して保護し、「手厚くもてなす」、「心をいやす」ことが必要とされていた。もてなす側も、それが神に仕える立場として当然であったことが示される。
 例えば、聖書にホスピタリティに関連した一節として、「貧しい聖徒を助け、努めて旅人をもてなしなさい(ローマ人への手紙 第12章13節)」や「旅人をもてなすことを忘れてはならない。このようにして、ある人々は気つかないで御使たちをもてなした(ヘブル人への手紙 第13章12節)」、「不平を言わずに、互いにもてなし合いなさい(ペテロの第1の手紙 第4章9節)」、「あなたがたは、それぞれ賜物を頂いているのだから、神の様々な恵みのよき管理人としてそれをお互いに役立てるべきである(ペテロの第1の手紙 4章10節)」などに、ホスピタリティの一端が見受けられる(山上[2008])。つまり、ホスピタリティとは困っている見ず知らずの他人に対して慈愛の精神で引き入れ、その人々を手厚くもてなすことが神に仕える敬虔で、かつ実用的な方法として提唱されているのであった。
 一方、対象となる旅人や異邦人を差別せず、常に慈愛の精神をもって必ずしも保護し歓待したわけではなかったことも指摘されている。例えば、顧客の様々な相談や要望に応える現代の「コンシェルジュ」という職業のルーツは、鍵を管理する建物の門番として、宿泊客を温かく迎え入れるだけでなく、怪しい者は追っ払い、警備・監視することにあった(池田[2000])。確かに旅人や異邦人、時には兵士などを迎え入れる際には、迎え入れる側に必ずしも安全性が確保されている訳ではない。危険と隣り合わせである。ホスピタリティとは慈愛の精神をもってすべての「客」を迎え入れているように見えるが、必ずしもそうではない。もしかしたら、敵かもしれない、悪事をしでかすかもしれない、何をするか分からない、困った存在である「客」との緊張した関係の中で、もてなす側は対応していたのである。「客」と戦いや争い事がないようにしながらも、もしそのような客がいてもその客との関係を「愛」の関係に変えることがホスピタリティに求められることだったのである。
 「客」という言葉には、他人、異邦人などの意味のほかに「敵」という意味が含まれていたと言われている。このことからホスピタリティの本質は「敵の歓待」にある(加藤・山本[2009])とする説は、大変意義深いように思われる。
 その理由として、第1にホスピタリティとは、もてなす側が「客(≒敵)」に対して行動を読み、最善の注意を払う必要があること。第2に「敵」のような存在に対して戦うこととは全く逆の方向で、自分たちのコミュニティの中に引き入れ、もてなし、歓待しながらより高次元の関係を構築し、最善の心理状態で収めていくこと。このことに「ホスピタリティ」の本質的な意味を見出すことができる。

ホスピタリティ・マネジメントの課題

 ホスピタリティの定義には、「機能」、「関係」、「行為・行動」、「倫理・精神」といった様々な概念で説明されるが、ホスピタリティの核にあるのは人と人との関係に存在する「相互性の原理」である(服部[1996])。「もてなす側」と「もてなされる側」はともに、互酬・互恵や共創関係が強調される。その意味で、ホスピタリティとはまさに関係性の概念と言えるのではないだろうか。
 ホスピタリティ・マーケティングの捉え方も必ずしも一定ではないが、顧客と接客要員(CP: Contact Personnel、以下CPと省略)との関係性から捉えられる「インタラクティブ・マーケティング」や「リレーションシップ・マーケティング」における深い考察が重要になってくると考えられる。そしてその関係によって生み出される内容が、顧客の「満足」を超えた「喜び」、ひいては「感動・感激」といったものが含まれているのである。
   ホスピタリティをマネジメントするには、いくつかの課題がある。ましてや、それがブランド力として発揮されるようになるまでには、確かに簡単なことではない。ホスピタリティの対応には、実際に顧客に対峙するCPの暗黙知の蓄積がカギとなる。それは顧客が求めているものを先読みして対応する能力やスキルであり、時には顧客も気づいていない要望に対しても先読みする、深読みすることが求められる。そして、蓄積された「知」をもとに顧客とコミュニケーションを通じて相互に関係を結びながら適切な行動・行為によって、顧客から「喜び」や「感動・感激」をつくりだす。マーケティングでいうまさに「価値共創」である。
 このことはCPによる既存のサービス対応とは異なり、顧客ごとにカスタマイズ、パーソナライズされた対応が必要となるため、結果的にはCPの質に依存するところが大きいと言える。しかし、単にCPだけに対応を求めるだけでなく、企業における組織としての制度や体制がどのように機能しているのかどうか、最終的にはそれが企業文化や企業風土といった理念として共有される段階に進化することで、企業はブランド力として構築することができるだろう。したがって、ホスピタリティが組織的に浸透するまでは時間のかかるものとして捉えられる。
 現代において、顧客は“enemy”という意味の「敵」ではなく“stranger”という性質であるがゆえに、顧客に対してホスピタリティを実践するには、組織をあげて顧客の「知」を獲得する仕組みと高次元の関係を成立させるホスピタリティ・マネジメントが課題となるだろう。

参考文献
池田里香子(2010)「ホテル業におけるコンシェルジュという職業のルーツをフランスの国に探る」『実践女子短期大学紀要』第31号,119〜124ページ。
加藤紘・山本哲士(2009)『ホスピタリティの正体』ビジネス社。
徳江順一郎編著(2011)『サービス&ホスピタリティ・マネジメント』産業能率出版部。
服部勝人(1996)『ホスピタリティ・マネジメント』丸善。
山上徹(2008)『ホスピタリティ精神の進化―おもてなし文化の創造に向けて』法律文化社。